ぺんぎんの音楽日記

クラシック音楽について、絵画や鳥たち、日々の生活について自由に書いていこうと思います。

オペラ6~モーツァルト「フィガロの結婚」

さて、いよいよ、今年も終わり、今年最後のオペラは、これ
モーツァルトの「フィガロの結婚」。

原作、ボーマルシェ
台本、ダ・ポンテ
作曲、モーツァルト

演奏、ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場オペラ

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残念ながら、これまでにテレビとかで見た「フィガロ」の印象は、「長い」「飽きる」というのでしたが、、
でも、面白かった~~~♪
というわけで、今日も長いです、「フィガロ」ですから。

ラッキーな事に、この日はお仕事がお休み、
渋谷はオーチャードということで、余裕を持って出かけましたが、ブンカムラに着いてから、
「し、しまった~、もっと早くくればよかった、ワイエス展もここだった。。。」と思いました。
こないだの上野の東京文化会館も、あとから、もう一度行きたいと思ってたフェルメールを一緒に行けばよかったと後悔しましたし。。

まぁ、それはさておいて、開場直前だというのに誰も並んでいません、なので、1番に入りました。^^
くだらんことですけど、気分いいです。でも席がね、1番てっぺんなんですよ、、
頑張って上まで階段を昇って席を確かめてから、プログラムを買いに、、階段の上り下りでかなりのエキササイズになりました。

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さて、早めに出たのでちょっと軽食(ただのおにぎりですが)を持って来ました。そういうのをオペラの開演前に食べてる人も見かけます。こういうところのサンドイッチとか高いですよね、、ビュッフェの片隅でこんな景色を見ながら食べました。

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3階席でも結構人が入っていました。両側は空いてましたけど、3階真ん中席はまあまあの入り。
前のおじさま、大柄で座高が高くていらっしゃる。。背伸びされると前が見えなくなる。。でも、途中でいなくなりましたね。。。
それ以外は、周りはお行儀のいい人ばかりでよかったです。

さて、聞き覚えのある序曲が始まりました。
序曲が終ってフィガロが、ベッドのサイズを測るシーン、ここは映画「アマデウス」で、モーツァルトがこのオペラの面白さを説明するシーンででてきたのが印象に残っています。
大道具はシンプル、でも現代アレンジとかじゃなくて、オリジナルのようです。
フィガロとスザンナ、バルトロとマルチェリーナ、そしてケルビーノ、伯爵が登場してきます。
それぞれ、アリアや重唱を歌っていきます。フィガロは滑らかな声のバリトン、スザンナはきれいなソプラノです。上の階までよく響いてきます。オペラグラスで豊かな表情も見えます。
お話は、領主の権利を笠にきて、初夜権を復活させて、結婚の決まったスザンナに言い寄る伯爵を懲らしめようと言うものですが、他の話がいろいろ絡んできて、ちょっとややこしいです。

2幕、伯爵夫人の登場、品があってきれいです、声も落ち着いていていい感じですね。
ケルビーノのアリア、それから、数人がが入り乱れてのドタバタ、、
コメディとして見ていて面白いです。企みや、まずいことがばれそうになって、必死で何とか言い逃れようとするシーン、うまく行って「神様のおかげだ」と歌う反対側で「悪魔のせいだ」と歌うところなど、面白いですね。
その後20分の休憩、、ここまでが長い気がしました。
3幕に入り、いよいよ伯爵を懲らしめる企みに伯爵夫人も加わってきます。
フィガロとスザンナの結婚もいよいよ始まってきて、、踊りや合唱も楽しめます。
この踊りも映画「アマデウス」では、宮廷の企みで音楽抜きにされ、皇帝によって元の音楽付の形にもどされる、というシーンがありましたね。

4幕目の庭のシーンは、始めの方アリアが長かったりで、これまでほどドタバタはしない。
最後の重唱、もっと聞きたいと思ったのだけど、さっさと終わってしまいましたね、あれはもっと長かったのでは?と思いました。映画の「アマデウス」で、モーツァルトがこの重唱の素晴らしさを語り、素晴らしいと言わんばかりに、「これが10分以上(15分だったかもしれません、覚えてないですが)も続くのです!」と自慢げに言うと相手(宮廷の人間)は、うんざりした顔をしたシーンを思い出しました。15分は要らないけれど、も少しあってもいいと思いました。

去年だったか、ダ・ポンテの台本によるオペラ3部作(コジ・ファン・トゥッテフィガロの結婚ドン・ジョヴァンニ)のCDを買ったのですが、あんまり聞いていませんでした。
やっぱり、オペラは音楽だけでは楽しくないですね。確かに、「フィガロの結婚」もきれいなアリアが多いですから、それだけ聞いても楽しめなくはないですが、やはり目で見る方がずううっと楽しいです。
オペラを見た後、CDをまた聞いてみたいと思い、引っ張り出しまして聞きましたが、場面が思い浮かべる事ができ、見る前とは全然違いますね。



ところで、このオペラのストーリーの中で問題になってる領主の初夜権の問題ですが、ちょっと聞きなれませんよね。世界史で、中世の封建社会の領主が様々な権利を農民に対して有することを学んだと思います。例えば、裁判権、行政権、軍事力を一手に握り、農民からは様々な租税を取り立てました。人頭税相続税、結婚税、十分の一税、、フランスでは(この物語の原作者ボーマルシェはフランス人)タイユ(恣意税、必要に応じて徴収)などもあり、農民を苦しめていました。初夜権もそのうちの1つだったようですね。結婚税の事と言う説もありますが。
18世紀頃までには、中央集権も進み、封建領主の力は国政に関しては弱っていたはずですが、地方の領民に対しては相変わらずだったのでしょう。初夜権は、領民が結婚するときには領主は結婚の前にその花嫁を花婿より先にいただいてよいと言う現代で思えばまことにけしからん権利です。

けれど、本当には初夜権はほとんど実行されなかったと言う説もあり、革命前夜に(ボーマルシェの時代に)そのけしからん権利を有してることを、革命家達が貴族や領主を糾弾する材料にしたという説もあります。このお話の中で、何度も歌に出てくるのは、貴族や領主を批判する意図で書かれた物語だったから、と言う事でしょうか?
それで、この本は危険思想ということで、禁止になったり、オペラも上演が危うかったのですね。
勿論それ以外にも、貴族の領主をやり込める元気な庶民の姿、なども、大変危険に思われたのでしょう。

初夜権自体は、司祭が2人のベッドにまで押しかけて祝福したり、近所中が冷やかして、翌朝にはきちんとことが運んだしるしを軒下に下げる、という行為にとどまっていたかも知れないとも言われています。戸籍がなかった時代に確かにこの2人は結婚したぞと周りに知らしめ、いつまでも記憶にとどめるため、ということのようです。
実際には結婚を届け出た領民にお祝いを与える領主も多くいたようです。
勿論なかには、スケベ心丸出しで初夜権を振りまわしてた領主もいたでしょうね。



フィガロにとって、花嫁のスザンナを結婚前に伯爵に奪われるなんて、とんでもない話です。
それを防ぐためにいろいろ画策するのですが、実の親が見つかる涙の対面シーンも絡んだり(ちょと、いや、あまりにも唐突ですが)、いろいろ込み入ってくる話を、ラ・フォル・ジュルネ・ウ・ル・マリアジュ・ド・フィガロ(『熱狂の一日、あるいはフィガロの結婚』(La Folle journée, ou le Mariage de Figaro))と呼んでかる~いコメディに仕上がってるのが粋ですね。
そういえば、私の今年の音楽熱も、ラ・フォル・ジュルネで始まって終ったのかもしれません。

6時半に開演したオペラ、終ったのはほぼ10時でした。
なが~い、ラ・フォル・ジュルネでした。
やっぱり、ワイエスは別の日にいった方がよかったのだと思いました。